もやもや考え事をしていたら、書くのが遅くなってしまった。もう1ヵ月前のことか。北海道旅行、4日目 (11/24)。体力的・精神的に限界を感じながら、札幌の街をうろうろ。半年ぶりに来てみると、札幌の街並みも少しずつ変化しているなー。
以前にも書いたが、札幌に訪れるたびに定点撮影している場所がある。今回で今年3回目。
2013年2月25日撮影。
2013年3月10日撮影。
2013年11月24日撮影。
10年以上にわたって撮り続けている「街角写真」。北海道に住んでいた頃は、鉄道を主な移動手段とし、道内の各地で散策しながら写真を撮ってきた。福島県に移り住んだ今も、機材はデジタルへ、移動手段も車へと変化したが、県内をメインに街角の風景をカメラに収め続けている。今回の旅行中も、途中下車した駅を中心に散策したり、駅間を歩いたりしながら、このような街角写真を撮っていた。しかし、普段撮影している時に感じる高揚感もなく、なんだか上手く撮れてない気がした。カメラを通じて被写体と対峙している時の感覚が、以前とはどうも違うのである。
ほかの人の話を聞くと、ロケハンをしてから撮影に臨んだり、納得がいくまで同じ場所に何回も訪れて撮影したり、というタイプもいるようである。それと比べると、自分の撮影スタイルは一発勝負である。ふらふら歩きながら、一瞬の判断で、撮るか撮らないか、どのような構図で撮るか、どのように表現するか、すべてを決める。三脚もできるだけ使いたくない。三脚をセットして、いい感じの構図に合わせて、というように時間がかかると、撮ろうと思った一瞬の閃きが崩れ去っていくから。また、同じ風景の撮り直しは、定点撮影という目的を持っている場合を除き、基本的にしない。撮り直しに行けば、もっといい写真が撮れるかというと、そういうわけでもない。というのは、初めて見るものに触れた感覚、張りつめた気持ちが自分の撮影には必要と思っているからである。一度見たことのある光景は、新しい気持ちで撮ることができないし、再び被写体にカメラを向けても、いろいろ考える余裕が出てくる分、撮るのに邪魔な雑念も浮かんでくる。
江差町、上ノ国町は今回が初めての撮影であり、新しい発見ができてもおかしくないはずである。しかし、10年近く住んだ北海道、改めて訪れてみると、初めての場所なのに「懐かしい」という感情がまず浮かんでくるのである。一口に北海道といっても、各地方にそれぞれの特徴があるので一緒くたにするつもりはないが、かといって、"北海道的光景"にそれほど大きい違いがあるわけではない。気持ちの持ちようの問題なのかもしれないが、撮りにくさの原因というのは、新鮮さが感じられなくなったという、被写体との距離感の問題だったのかなと思う。
街角写真を撮りに行く時、平面上に描かれた道路地図という「限られた情報」から、どんな街並みが広がっているか想像を膨らませてから撮影に臨むことが多かった。しかし最近では、Googleマップの航空写真やストリートビューにより、極めて簡単に「予習」ができるようになった。軽い事前調査をするぶんには撮影の効率を上げるのに有効であるが、予習しすぎてしまうと、現地に着いてからの発見が少なくなってしまう。今回の旅行でも予習しすぎないようにという点は気をつけたが、撮れなかったというのは、気持ちの面が大きく影響していたのではないかと思う。見慣れた光景から新しいものを見出すのも「能力」であるとすると、その点、まだまだなのかもしれない。
いつか (2020年頃?)、また写真展を開けたら良いなとか、ぼんやりと考えながら写真を撮りためている。ただ、自分の写真について分析的に考えたり、反省したりすることもなく、漫然と撮っている感が強くなってきた。撮影した写真は、一枚一枚画像調整してフォルダにまとめているが、見返すことはほとんどない。振り返るには写真展を開くというのが最良の方法の一つだと思うが、今の時点ではそれだけのエネルギーは残っていない。集大成として行った、前回の写真展から3年が経った。春が来るまでの冬眠期間に、一度立ち止まり、考えてみようと思う。
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- 2013/12/22(日) 02:08|
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